「憑かれた女(昭和8年版)」(横溝正史)

由利・三津木は登場しませんが、読みどころ豊富です。

「憑かれた女(昭和8年版)」(横溝正史)
(「喘ぎ泣く死美人」)角川文庫

ばらばら死体の幻覚を
見るようになったエマ子は、
ついに酒場仲間・みさ子の
血だらけの姿まで
幻視するようになる。
ある夜、謎の外国人に拉致同然に
連れ込まれた洋館の中で、
彼女は幻覚と同様の、
血まみれの女の死体を
発見する…。

というわけで、前回取り上げた
由利・三津木シリーズの一作、
「憑かれた女」(昭和23年発表)ですが、
実は原型があり、
それが本作品です
(由利も三津木も登場しません)。
わざわざ改作したのですから、
横溝はこの原型版のできに
気に入らない部分があったのでしょう。
だからといって、
本作品に魅力がないかといえば
そうではないのです。

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本作品の味わいどころ①
幻覚通りに起こる殺人事件の謎

やはり本作品の肝はここにあります。
この謎が、23年版では
由利先生の解決が、あまりにも
唐突に過ぎる感があるのですが、
本作品ではじわじわと
その謎の正体を提示しています。
それによって、
真の恐怖が少しずつ滲み出てくるような
仕掛けになっているのです。

本作品の味わいどころ②
全てが怪しい登場人物

この点も23年版に同様です。
ただし、名探偵が登場しない分だけ、
誰が善人で誰が悪人か
わかりづらいしくみになっていて、
ある意味こちらの方が謎解きの要素が
強くなっていると感じます。
本作品を読んでしまうと、
23年版は由利先生が
一気に謎を解きすぎた感が
出てくるから不思議なものです。

本作品の味わいどころ③
登場人物それぞれの動きの結果の妙

殺人犯一人が事件を
つくり上げたのではありません。
登場人物それぞれの動き、
悪人の病的な闇と
善人の思いあまった行動が、
奇妙な事件を生み出しています。
ここが23年版と
大きく異なる点になります。

読み終えると
中途半端な結末にも思えますが、
事件を完全解決させない面白さ、
悪人が捕らえられずに、
どこかでまた同様の犯罪を
犯すかもしれない想像の余地が、
本作品にはあります。

23年版「憑かれた女」が
先日復刊したことを前回書きましたが、
こちらの8年版は本書収録により、
平成18年から
読むことが可能になっていました。
10年以上の間、
8年版は読むことができても
23年版を読むことができない状態が
続いていました。ようやくその
「ねじれ現象」が解消されます

横溝正史は改作癖が強い作家であり、
そのほかにも多々改作しています。
原型版が出版されていないものもあり、
このように改作版と原型版の
両方が読めるのは幸せなことです。

※原型版の収録については、
 光文社文庫や
 出版芸術社、論創社の単行本で
 地道に行われていますが、
 横溝正史で一番儲けた角川文庫が、
 本来は積極的に
 行うべきことかと思います。
 杉本画伯表紙で文庫本未収録作品の
 復刻を考えて欲しいと思います。

〔本書収録作品一覧〕
河獺
艶書御要心
素敵なステッキの話
夜読むべからず
喘ぎ泣く死美人
憑かれた女
桜草の鉢

霧の夜の放送
首吊り三代記
相対性令嬢
ねえ!泊ってらっしゃいよ
悧口すぎた鸚鵡の話
地見屋開業
虹のある風景
絵馬
燈台岩の死体
甲蟲の指輪

(2020.5.10)

Efes KitapによるPixabayからの画像

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